以下の文章は、2019年2月7日に、一般財団法人日本原子力文化財団からの依頼で自治体の方向けに講演した「災害時の情報発信のあり方」より一部を抜粋し、再構成したものである。

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第1回:災害時に拡散するデマの種類と特徴

第2回:なぜデマを書き込むのか

 

■システム1とシステム2の特徴

続いて、デマを信じる人について考えてみましょう。

なぜ多くの人が、例えば「ライオン逃げ出した」という荒唐無稽な与太話を本当のことだと認識してしまうのでしょうか。これも実は難しいことではなく、「心理学」と「技術の進化」という2つの側面から説明が可能です。

まず今回は、心理学的側面にあたる「システム1とシステム2」の話からします。

心理学者として初めてノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは行動経済学という学問を作った人です。カーネマンが唱えるシステム1とシステム2というのは脳の中に二種類のキャラクターが存在していてそれが二重過程になっている、という考え方です。

システム1のキャラクターは、とにかく直感的に判断するのが特徴です。なにか判断を必要とした際に、素早く努力なしに自動的に発動し、我々人間はその発動を意識的に停止することが出来ません。すぐに判断できるのは良い点ですが、錯覚しやすく、言うことに一貫性がないという欠点もあります。したがって、困ったらすぐにつじつま合わせをするという悪い傾向も持っています。

それに対してシステム2のキャラクターは熟慮が得意です。遅くて意識的に努力しないと起動もしないし、起動にはたいそうなエネルギーも使います。直感的なシステム1が行っていることをモニターしていて必要に応じて修正することもできるのですが、ただ怠け者でサボりたがりということもあり、なかなか起動してはくれません。

すごく簡単に説明すると、「2×8=」と聞かれた際はシステム1が条件反射的にすぐに答えることができます。しかし「18×72=」と言われるとちょっと考えるはずです。この意識的に動かさないと出てこない場合に登場するのがシステム2ということになります。

災害発生時というのは時間も無くて疲れも溜まっています。そうするとサボりたがりのシステム2が稼動しない状態になりがちです。だから災害時は常にシステム1が優位な状況になるのです。カーネマンによると、システム1が意思や感覚や傾向を形成し、それはシステム2が承認すれば確信や意志に変わります。さきほどの暗算の話にもあるように、適切な訓練を積んだ人は直感的に判断できるし、それがたいがいのケースにおいて正しい場合が多いことが、我々は経験的にわかっています。したがって生死がかかった大災害のときには、とにかく早く結論を導き出す必要があるため、システム1が直感的に判断した結果をシステム2が簡単に承認してしまうということが起き、結果的に誤った情報を真実と勘違いしやすくなるわけです。

 

■システム1の特徴①:連想活性化

このようにシステム1が引き起こす問題のひとつに「連想活性化」と呼ばれるものがあります。システム1には、通常と異常を感知して識別する方法として「驚く」という機能があります。いつもと何かが違うとシステム1が感じて、そこから何が違うのだろうということをシステム2も交えて考えるわけですが、これを毎回していると疲れてしまうので、何かを判断する際にはあてはまりそうな因果関係を勝手に推定したり、場合によっては発明したりすることがわかっています。

さらにシステム1は自分が信じていること、言っていることは正しいという結論を導き出したいがために、手元にある情報だけを重視して、手元に無いものは無視することがわかっています。だから自分が理解できない出来事を認知する際には、手元の情報だけで自分なりに解釈してストーリーを作り出し、そのストーリーの信憑性を高めるような裏づけを探しにいくわけです。

例えば目の前に高級スーツを上品に着こなすスタイリッシュな男性が現れた時に「この人は仕事ができる人に違いない」と思ったとします。しかし本当はちょっと見かけただけのビジネスパーソンの内面など分かる訳はありません。そこでこの「連想活性化」機能によって、過去に出会ったスーツをパリッと着こなすビジネスパーソンは人間的にも素敵だったと思い出す(そしてそうではない人のことは積極的に思い出さない)ことで「だからこの人も素敵なのだ」と信じる裏づけを自ら作り出し、信じようとする傾向が人間にはあります。

このような傾向を持つ我々人間が、たとえば大地震が起きた際に犯罪に関する情報を耳にしたとします。そうすると頭の中で「大地震が起きると犯罪が増える」と結び付けて考えてしまい、さらに「そういう話はよく聞くよね」とシステム1が判断した場合、そこには驚きがないのでそれは真実なんじゃないかな、と考えてしまうわけです。明示される文脈がないとその様に考えてしまうのが連想記憶であり、それはシステム1の仕業なのです。さきほども話した通り、情報をパターン化して大地震と犯罪を自動的に頭の中で連結させるのです。この因果関係を作るのが連想活性化というプロセスであり、大地震と犯罪という全然関係ないものを一度に二つ見せられると繋げて考えてしまうということが起こります。

 

■システム1の特徴②:自分の見たものが全て

二つ目は「自分の見たものが全て」というものです。これは意思決定をする際に、既に「わかってることがわかってる」事柄だけを見る、という思考のバイアスです。何か決断を迫られているときに、情報がありすぎると逆に判断が難しくなることはよくあることですが、そこでシステム2を発動させるのではなく、逆に考えを面倒にするそれらの情報を無視して「自分が見たからこうだ」「自分が経験したからこうだ」と判断することも、よくあることかと思います。わかりやすく言うと、論理性や客観的判断よりも経験値やすぐにわかることだけで結論を導き出す傾向のことです。

例えばさきほどの「災害が起きると犯罪が増える」という連想記憶は、「災害のせいで治安が悪くなって犯罪者が集まってくる」というストーリーを想起させます。この連想が起こると、「避難所に行ったら誰も自宅にいないから、泥棒天国だな」「東日本大震災で同僚の自転車盗まれたよな」という簡単に推測できることや経験したことだけで、いわゆる「自分が見たものが全て」と判断し、これは事実に違いない、と考えてしまうのです。

 

■システム1の特徴③:確証バイアス

三つ目は「確証バイアス」と呼ばれているものです。これは、自分が考えていることは正しいということを裏づけてくれそうな情報ばかりを集めにいくバイアスのことです。反証する情報を見つけたとしてもそれを無視したり、またはそもそも反証材料を探しにいこうともしないという傾向を取りがちで、その結果として稀にしか起こらないことを過大評価してしまうということが起こります。

さきほどの「災害時は犯罪が増える」文脈に支配された状態で考えてしまうと、例えば「関東大震災で大虐殺があったと学校で教わった」または「過去に避難所で犯罪が起きたという新聞記事を読んだ」といったことばかりを思い出すようになります。本当は「避難所でこんな風に良くしてもらった」「被災者同士で助け合い」のようなほっこり話なども聞いたことはあるはずですが、「犯罪者が集まってくる!」という連想記憶に浸っている時には、このようなほっこり系の事象を調べようとしなくなります。そして最後まできちんと調べることなく、犯罪が増えるというのが事実だと疑わなくなります。何故ならそのストーリーは「真実っぽく聞こえるから」です。

 

■システム1に騙されてはいけない

でもその「大地震が起こると犯罪が増える」という直感、実は間違いです。

阪神淡路大震災の後、自転車やオートバイの盗難は確かに増えたものの、それ以外の被災地の犯罪は減少しました。また関東大震災の後、朝鮮人虐殺事件があったと言われていますが、その他の犯罪と言うのはこちらも統計上大幅に減っています。つまり「大災害が起こると犯罪者が集まってくる」という事実はありません。むしろ逆に、「みんな仲良くやろうね、絆が大事だよね」という意識から、災害時の犯罪率は減る傾向にあることがわかっています。

大地震が起きたからといって犯罪は増えませんが、浅はかにもそのように考えてしまいがちという話であり、システム1(=直感)の言うことをそのまま信じるべきではない、という事例として覚えておいていただければと思います。

 

デマ拡散のメカニズム(第4回)〜デマを信じてしまう技術的な要因 へ続く